オンタイムエンデューロのハイライトと言えばワーキングタイムでのムースタイヤ交換。2デイズのレースで1日目の終わりに与えられるわずか15分の時間で、ライダーはタイヤを交換しなくてはなりません。いや、正確に言えばその15分の間でピット間を移動したり、エアフィルターを交換したり、様々なメンテナンスをこなさなければならないので、タイヤ交換にかけられる時間は実質10分といったところでしょうか。しかし、一般的に考えてオフロードバイクの前後タイヤ交換を10分以内に完了できますか? しかもムースタイヤという特殊なケースで。だからこそ普段練習したテクニックの見せどころなのです。今回は、2025年の全日本エンデューロRd2チーズナッツパーク大会で取材した、馬場亮太選手の実際のレース中における交換手順からノウハウを探ってみましょう。
このチーズナッツパーク大会は、ひどい雨に見舞われてコンディションは終日マディ。こういう日こそ、ガレージでのムースタイヤ交換では得られなかった知見が得られるというものです!
ステップ0:タイヤ交換のための場所を用意する
バイクを置く場所とタイヤ交換をする場所の確保
今回は馬場選手のサポート&メカニックをしていた現役JNCCトップライダーでもある鈴木健二さんが、馬場選手の最終ラップ中に準備をしました。サポート、メカニックがいない場合は、最終ラップに出ていく前に自分で準備をしなくてはなりません。ムースチェンジャー
UNIT
ムースチェンジャー
定価(税込)21,450円
定価(税込)11,880円
DIRTFREAK
レーシングフロアマット
バイクを置く場所はエンデューロの規則で環境保護マットを使用すること、と定められています。また、タイヤ交換をするので当然センタースタンドにバイクを載せなくてはいけません。急いで交換作業をするため、無用なトラブルを避けられるようリフト式のスタンドは避けたほうが無難ですね。また、スタンドの脇にはアクスルシャフトを外せる工具をトレイに入れて用意しておきます。使う工具はすべて用途に合わせてわかりやすい場所に置いておくのが基本です。なお、今回はムースを新品タイヤに入れ替える作戦だったため、タイヤを外してからでないとムースを新しいタイヤに入れられなかったのですが、できればムースはムースグリスを塗って交換するタイヤに仕込んで準備しておきたいところです。
ムースチェンジャーのまわりには、タイヤレバーとビードストッパーを緩めるラチェット式の工具を用意しておきます。
ステップ1:タイヤを外す
ホイールのセットアップ 00:00:00
タイヤをバイクから外したら、まずムースチェンジャーにホイールを固定します。この時、自分が決めている作業しやすい向き(スプロケット側を上にするか、ディスク側を上にするか)でセットしてください。馬場選手は手に怪我をしにくいようディスク側を上にセットしています。
ビードストッパーを緩める 00:51:12
ここからはメカニックも作業をヘルプします。バイクには触れられないので、適切な工具を手渡すことと、アドバイスをすることが主な役割です。ルールの解釈上、ホイールについている状態のタイヤはバイクの一部になりますが、ホイールから外れたタイヤはバイクとはみなされないため触れることが可能です。レースで実践する、ヘルプする予定がある方は、この触れられる境界線を頭に叩き込んでおきましょう。
ラチェットレンチでビードストッパーのナットを迅速に緩めます。完全に外す必要はありません。ギリギリ引っかかっている程度で止めると、後の作業が少し楽になります。
タイヤレバーを3本差し込む 01:13:34
タイヤチェンジャーのビードブレーカーを使ってタイヤのビードを押し込みながら、隙間にタイヤレバーを差し込んでいきます。ビードストッパーの位置を避け、そこから約45度ずらした箇所に1本目。続けて2本目、3本目のレバーを適切な間隔で差し込みます。レバーの先端が、タイヤのビードをしっかり捉えていることを確認しましょう。これを怠ると、この手順をもう一度繰り返すことになります。
タイヤレバーでビードをめくる 01:30:09
テコの原理を利用してタイヤレバーを使い、ビードをリムの外側へめくり上げていきます。めくっている側の反対のビードを膝で押し込むようにするとその部分のビードが落ちてくれてめくりやすくなります。今回の取材時、ここで馬場選手のレバーがタイヤとホイールの隙間に挟まってしまい、外すのに手間がかかってしまいました。メカニックは、こういった時に落ちついて冷静な指示を出します。鈴木健二さんは、レバーで叩け、と指示していました。
ホイール反転とタイヤの完全離脱 02:01:45
タイヤの片側ビードはレバー3本分めくればOK。ホイールをひっくり返して、めくれている部分をビードブレーカーで押しこめばリムからムースが外れます。
これを素早く繰り返し、全周にわたってリムからムースを外します。
この向きのまま、レバーを使って今度はビードを下側にめくってきっかけを作ります。このきっかけの部分から、もう一度ビードブレーカーで下側へビードを落としていき、全周落とします。ビードストッパーが最後に引っかかる場合は、レバーで軽くこじるようにして外してください。これでタイヤがホイールから完全に外れました。
ステップ2:ムースの入れ替え作業
ムースの抜き取り 02:42:75
取り外したタイヤから、ムースを引き抜きます。タイヤを立てて地面に置き、上から体重をかけるようにしてタイヤのビードを押し広げると、ムースが抜き取りやすくなります。ホイールからタイヤが分離しているので、ここはメカニックが作業可能です。
新しいタイヤへのムースの挿入 02:56:12
あらかじめグリスアップしておいたタイヤの中に、引き抜いたムースを挿入します。こちらも、メカニックが作業可能です。抜き取りの時と同様に、タイヤの口を押し広げながら収めます。
ステップ3:新しいタイヤをホイールに装着
タイヤの初期セットと回転方向の確認 03:24:03
ムースが入った新しいタイヤをホイールに装着します。この時、必ずタイヤの回転方向(ローテーションマーク)を再確認し、正しい向きでセットしてください。ディスク側にマーカーなどで「ディスク」と書くのがオンタイムエンデューロ常連の定番テクニックですが、馬場選手はその場でローテーション表記の刻印から判断していました。
ビードストッパー部分のタイヤビードをリムに引っ掛けるようにして位置を決めます。
片側ビードのリムへの嵌め込み 03:31:54
手で押し込める範囲まで、タイヤの片側ビードをリムに入れていきます。残りの部分は、タイヤレバー(先端が曲がったタイプがリムを掴みやすく便利です)を使い、少しずつ、確実にリムに嵌め込んでいきます。この時、足でタイヤが浮き上がらないように押さえながら作業すると、比較的楽にビードを入れることができます。
反対側ビードの嵌め込み 03:57:18
ビードストッパー部分は、タイヤのビードにストッパー本体の上を「またがせる」ようなイメージでレバーを操作し、同時にビードストッパーのネジ部分をタイヤの内側に押し込むようにして、ビードストッパー本体をビードの内側にうまく潜り込ませます。ここは少しコツが必要ですが、焦らず確実に行いましょう。馬場選手は、最初にビードストッパー部分を潜り込ませる手順ですが、人によってやり方が違う部分でもあります。
最初のレバーをリムにしっかり掛けたら、そのレバーが戻ってしまわないように、ムースチェンジャーのアームやスポークなどに一時的に引っ掛けて固定します(チェンジャーに専用のレバーホルダーがあればそれを利用します)。
反対側のビードを嵌めていきます。ビードストッパーから45度ほど離れた位置から、タイヤレバーを使ってビードをリムに押し込みます。2本目、3本目のレバーを使い、少しずつビードを嵌め込んでいきます。逆側のビードを膝で落としながら作業するとスムーズです。
最終ビードの押し込み 04:26:27
チェンジャーのビードブレーカー(押し込む側)を利用すると、スムーズに最後のビードを嵌めることができます。もちろん、そのままレバーだけで嵌められれば問題ありません。今回は、レバーだけで嵌めてしまいました。
ビードストッパーの締め付け 05:05:01
ビードストッパーのナットを、ラチェットレンチで確実に締め付けます。
タイヤの全周にわたって、ビードがリムのフランジにしっかりと乗っているか(ビードが上がっているか)を確認します。もし部分的にビードが完全に上がっていなくても、走行に大きな支障がないと判断できる場合は、そのまま作業を完了とすることもあります。ビードが気になる馬場選手は、何度か地面にたたきつけてビードを馴染ませていました。
ステップ4:ホイールの組み付け
ホイールをバイクに取り付ける 05:12:11
バイクにホイールを組み付けます。今回はマディコンディションだったこともあり、バイクに泥が付着しているため非常にやりづらいところです。馬場選手のバイクは、アクスルナット付近に泥が付いていたので、これを掃除しながら装着することになりました。ちなみに、アクスルブロックは純正と違って向きがわかりやすい、ZETA RACINGの製品を使用していたため、こういった煩雑な状況でも迷わず取り付けできました。
ZETA RACING
アクスルブロック
定価(税込)5,610円
おおよそ5分30秒くらいのタイムでリアタイヤを交換した馬場選手。今回は馴染んだフロントタイヤを使いたかったため、フロントは交換しなかったのですが、このペースで作業完了できるのであればレース後のワーキングタイム15分以内に交換できますね。ちなみに、暑い日などはムースがパンパンに膨れ上がってムース交換が難しくなったりしますし、慣れないタイヤブランドだといつもより硬いせいで作業が困難になることもあります。タイヤ交換は、常に同じ状況ではない、ということを頭に入れてオンタイムエンデューロに臨んでください!