全日本エンデューロ選手権3連覇を成し遂げた馬場亮太選手のYZ250FXは、オンタイムエンデューロ向けバイク作りのお手本。細部にわたり深掘りしていきましょう
いかに辛くとも、タイムを出すことだけが正義である
オンタイムエンデューロは、“エンデューロ(耐久)”という名前がついているだけあって多くの参加者にとって過酷でハードなスポーツです。6日間で争われる世界でもっとも有名な世界大会ISDE(インターナショナルシックスデイズエンデューロ)のルートはかなり難しく、JNCCチャンピオン経験のある馬場大貴選手ですら「ここを本当に降りるのか」と思ったほど。ガレや轍も凄まじいので、硬いサスペンションでは疲れてしまうし、エンジンがマイルドでないとやはり疲れてしまいます。場合によっては、それらのせいで完走できないことだってあるでしょう。
しかし、オンタイムエンデューロのリザルトは数分のスペシャルテストの積算タイムによって決まります。そこで求められる瞬発力は30分間走り続けるモトクロスよりも実は高く、遙かにスプリント性が必要な競技だと言えるのです。従って、マシン作りはルートのことを一切考えず、スペシャルテストでいかに速く走りきれるかを考えるべきです。なかなかこの境地に達するライダーは多くないのですが、3連覇を遂げた馬場亮太選手(以降RB)のヤマハYZ250FXはまさにスペシャルテストのためだけにセットアップされたバイクに仕上がっていました。
ハンドル周りは操作性と耐久性のみを追求する
まず注目すべきは、オープンエンドタイプのハンドガードです。
「基本的にハンドル幅を少しでも広くしたくないため、クローズドタイプのハンドガードは付けたくありません。オープンハンドガードすら付けないのですが、雨の日にはグリップが汚れてしまうため装着します」とRB。雨天レースではZETA RACING インパクトX3ハンドガードを使用しています。
グリップはODIのロックオングリップを長年愛用。「もう何十年もこれです。転倒した時の耐久性が高いのが理由ですね」と、信頼性の高さを語ります。
ハンドルバーは左右5mmずつカットしています。「ウッズ区間で狭い場所を通る際、SUGOの山の中のようなタイトなセクションでは、このわずかな差が影響します」。モトクロス時代から同様の調整を行っており、シビアなコントロール性が求められる場面でのアドバンテージを追求しています。
レバーはZETA RACING ピボットパーチをチョイス。「テスト走行の後半でクラッチの遊びが微妙に変化することがあるのですが、このレバーは走行中でも工具なしで確実に調整できるのが気に入っています」。万が一のトラブルにも素早く対応できる点が選定理由の一つです。
スタンダード比、3ランク硬めのサスペンション
サスペンションは自らが経営するサスペンションショップババナショックスのオリジナルセッティングが施されています。
「エンデューロというよりは、モトクロス的な要素が強いコースに合わせたセッティングです。タイヤのバンク角に依存した動きを重視しており、木の根やギャップといったルート上の細かな凹凸は完全無視ですね」
バネレートはノーマルと比較して前後共に2~3ランク硬めに設定。「フロントは4.6kg/mm、リアは5.4kg/mm程度です。ただし、リアのプリロードはあまりかけていません。これは、リア下がり気味にすることで、ブレーキングでフロントから突っ込んでいくような乗り方に対応するためです。減衰力については、圧側は少し締め込み、伸び側はバネレートを上げた分に合わせて調整しています」
全体的にかなりハードな印象ですが、これこそハイスピードなJEC(全日本エンデューロ選手権)のスペシャルテストでマシンの挙動を安定させ、攻めた走りを可能にするためのセッティングと言えるでしょう。
抜けのいいマフラーでレスポンスを追求
エンジン本体は基本的にノーマルですが、マッピングにはこだわりが見られます。
「燃料は薄め、点火時期は早めに設定しています。ベースはFXにプリセットされているアグレッシブモードですが、低中速のトルクが向上するサクラ工業製のマフラーに合わせてさらに調整を加えています。濃い燃料セッティングはもたつきを感じるため、よりダイレクトでドライなレスポンスを追求していて、特にウッズ区間での細かなアクセルワークに対応しやすく、パッパッと軽快に吹け上がるフィーリングを重視していますね。
このセッティングでは、レブリミットに当てるとパワーが頭打ちになる傾向があるため、レブに当たる前にこまめにギアチェンジをして対応しています。マフラーも低中速トルクが向上するタイプなので、その特性を活かして走っています」
耐久性とトラブル回避の工夫
シートは雨の日も晴れの日も同じものを使用。後部のみクロコダイルシートによる滑り止め加工が施されています。「普段座る位置はノーマルの表皮で、お尻が痛くならないようにしています。加速時などはお尻の後ろの面でシートに体を預け、ホールドするイメージです」。
ZETA RACINGのチェーンガイドは「マストアイテム」とRB。「以前、ノーマルのガイドで走行中に木にヒットさせて破損し、スプロケットまで曲げてしまった経験があります。それ以来、この製品を必ず装着しています。交換も楽ですし、トラブルも皆無です」。
フロントスプロケット周辺のガードもZETA RACING ケースセイバーに変更。「ノーマルだと泥が詰まったり、ガード自体が曲がったりすることがあるため、抜けの良い社外品にしています。ここは石を噛み込んだりするとクランクケースを割ってしまうこともあるので」。
これまで3度のタイトルを経て、今年も全勝中のRB。ルートでのイージーな方向にマシンセットを考えず、ひたすらスペシャルテストでのタイム追求のためにマシンをセットアップしていました。エンデューロはモトクロスと違って岩や木の根など障害物の多い不整地を走るため、モトクロスより扱いやすさを求めるのがアマチュアのセオリーですが、プロのセオリーは違います。ひたすらルートでは耐え、テストでの爆発力を求めたマシン作りなのです。