全国各地、時には海外でレースを行うライダーを支えるメカニックたち。遠征時に持っていくアイテムの中には「これは絶対に外せない」というものが存在するそうです。そもそも遠征に向けてどう準備しているのか? 欠かせない持ち物とは? 全日本モトクロス選手権IAクラスに参戦するトップライダー4人のメカニックにインタビュー。
IA1クラス #1ジェイ・ウィルソン メカニック

内山メカ:ヤマハのファクトリーチーム「YAMAHA FACTORY RACING TEAM」に所属するIA1クラス#1ジェイ・ウィルソンのメカニックを担当。
ライドハック編集部(以下:編):早速ですが、遠征時に持っていくアイテムリストはありますか?
内山メカ:あります。ただジェイの場合、真っ先に用意するのは用品などの持ち物リストではなく、まず遠征先の周辺にある美味しいカフェを調べたリストですね(笑)。
編:カフェ、ですか!
内山メカ:彼自身コーヒーが好きなので、遠征時には必ず現地のカフェに行っています。彼からおすすめのお店を教えてもらって僕も行くということはしょっちゅうしてますね。なので、僕も良いカフェを見つけた時には「ここがよかった」と共有しているので、エスプレッソやクロワッサンが美味しい店など、遠征するたびにリストが増えていきます。次に同じ場所へ行くときに役立ちますし、長期遠征の楽しみにもなるんですよ。
編:なるほど! レース以外での過ごし方を大事にしているんですね。
内山メカ:おかげでその土地の美味しいカフェの知識が身についています(笑)。
編:遠征に向けた持ち物リストはありますか?
内山メカ:はい、忘れ物がないようにチェックリストをまとめています。遠征先によって現地に何があるかが変わるので、毎回確認して、どんな工具や備品が必要か、結構詳細に書いています。携帯とかのメモを使う人もいると思いますが、僕はアナログで、ノートにまとめています。
例えば、アメリカ遠征時にはスターレーシングというチームでお世話になるのですが、そこには何回も訪れたことがあるため、ある程度は何が置いてあるのかを把握しています。そこから自分が何を持っていけば良いかを絞っていく感じです。
編:これは毎回持っていくと言うアイテムはありますか?
内山メカ:マシンに関わるパーツはもちろんですが、サインボードは毎回必ずリストに入れています。持ち運びに使うバッグも必需品ですね。僕はバックパックではなくウエストバックを好んで使っています。その中には基本的な工具やペンなど、常に同じものを入れています。
編:第4戦から3ヶ月ほど開いたインターバル期間では、ジェイさんと一緒にベルギーに遠征へ行っていましたね。
内山メカ:はい。それこそ今回ベルギーでお世話になったヤマハのチームは、現地に行くまでどんな工具やパーツが置いてあるかわからない状態だったので、結構多くの道具を持っていきました。
編:具体的には何を持って行ったのですか?
内山メカ:パーツで言うと、ハンドルバーやレバー類、サスペンション、それにともなう工具を持っていきました。また、トルクレンチは海外だと用意されていないことが多いので、それも忘れないように気をつけました。特に海外遠征では、あまり多く持っていくと手荷物の重量で引っかかり、オーバーチャージを取られることもあるので、なるべく最小限に、必要なものを吟味して持っていくようにしています。
編:持ち物の中でもこれだけは忘れてはいけないと思うものを強いて挙げるとしたら何ですか?
内山メカ:うーんそうですね……。ジェイさんは練習でもラップタイムを重要視するので、サインボードとピンクのペンは必須で、毎回持っていきます。
編:なるほど、パーツや工具ではなくサインボードなんですね。なぜピンク色のペンなのですか?
内山メカ:いろいろ試した結果です。最初は白を使っていましたが、晴れていると反射して見えないことがありました。黄色も反射するので、結局赤っぽいピンクが一番目立つし走行中に見やすいということがわかり、それからずっと使っています。
編:なるほど、ペンの色にまでこだわりがあると、絶対忘れられないですね。もし現地で足りないものが出てきた場合はどうしますか?
内山メカ:これまでの経験を生かして何とか補います。現地になければ何とかするしかありません。万が一のことも考えて、現地へついたらまず近場にホームセンターがあるかを確認するのが習慣になっていますね。ホームセンターに行けば、工具などのちょっとしたものは大体揃うので。
編:特に現地に持って行っておいてよかったなと思ったものはありますか?
内山メカ:全日本のインターバル期間に行ったベルギーでは、ZETA RACINGのチェーンスライダーが役に立ちました。現地ではロンメルというサンドコースでトレーニングを積んで、6週間ほどの滞在期間中週3〜4回は乗っていました。サンドコースは砂でチェーンが削れてしまうのですが、今回はかなり消耗が激しい環境でした。そこでZETA RACINGのチェーンスライダーを使ったのですが、耐久性が良いという評判通り、消耗を抑えることができました。 チェーンスライダー自体交換が必要になると思ったので、予備を2つ持っていったのですが、結局最初につけた1つが最後まで持ちました。最悪の場合は現地で1個もらおうかとも考えていたので、1個で全部持ちこたえた耐久性の高さに驚きましたね。
IA1クラス #5能塚智寛 メカニック

浜川メカ:カワサキのファクトリーチーム「Team Kawasaki R&D」に所属するIA1クラス#5能塚智寛のメカニックを担当。
編:国内や海外遠征時に必ず持っていくものは何ですか?
浜川メカ:そうですね。基本全パーツと工具は持って行きます。結構量があるので、海外遠征時など荷物を少なくしないといけない時は、修理が必要になるかもしれないと思う部分をあらかじめ予想しておいて、そこに絞って工具を持っていきます。
編:具体的に言うと何でしょう?
浜川メカ:ハンドルやラジエーター、エキパイ、マフラーとか。あとはスペアホイールも必要ですし、クラッチも結構焼けちゃったりするんで、3セット以上は持っていってます。オイルも1日1回変えるので、これらはマストアイテムですね。 また、レースの時に身につけておくリュックやちょっとしたポーチには必ずストップウォッチを入れています。
海外だと日本よりも環境が整っていないことが多いので、なるべく日本で普段使ってる工具を郵送で送ったりしています。
編:これまでで何か足りなかったものなどありますか?
浜川メカ:海外だと特殊工具がないですね。
編:特殊工具というと例えば何でしょう?
浜川メカ:フライホイールプーラーだったりとかですかね。そういうのは結構忘れると危ないというか、整備に支障をきたします。また、海外で困ったのがタイヤ交換で。普段使ってるタイヤチェンジャーと違う製品が用意されていて、タイヤレバーも普段とは違うので、その使い勝手に慣れなくて、作業にかなり時間がかかりました。
編:普段はどんなタイヤチェンジャーを使われているのですか?
浜川メカ:遠征用としてはUNITのポータブルタイヤチェンジャーを使っています。折りたためるのでそこまで場所も取らないですし、遠征にぴったりでトラックに常に積んであります。
あとインパクトレンチも同じくらい作業効率に関わってくるので重要ですね。インパクトを使うことで時短にもなるし、結構強いトルクがかかっている部分を緩ませる際に効果的です。
編:なるほど。海外遠征はどちらに行った経験がありますか?
浜川メカ:5年前に初めてアメリカへ行きました。そのときは初めてで何を送っていいかとかもわかんなかったので、考えられるものを全部送った記憶があります。当時行った場所は整備スペースが動きづらく、用品もそこまで揃っていなかったので、その後の海外遠征でも不足がないようにできるだけ持っていきたいと思うようになりました。
編:一番最近はどちらに遠征に行かれましたか?
浜川メカ:イタリアのサルディニア島に、2年前に行きました。能塚選手のトレーニングとマシンテストがてら1ヶ月ほど滞在して、ほぼ毎日乗ってるような環境でした。乗り終わったらすぐに整備して次の日また朝から出るみたいな。かなり忙しいスケジュールの中、慣れていない工具だと時間も多くかかってしまうというのを経験したので、使い慣れた工具は大事だなって思い直しました。
編:これを忘れてしまって焦った、という経験はあったりますか?
浜川メカ:海外に行って感じたことなのですが、外国の人ってトルクレンチをあまり使っていないんですよね。もちろん大事な部分には使っていますが、全てのボルトにというわけではないんです。僕にとっては日本でよく使う工具なので、そこの違いには驚きましたし、忘れた時に借りようにも借りることができなかったというのは何回かありました。
編:パーツ類は何を持っていくのですか?
浜川メカ:ZETA RACINGのフロントスプロケットガードなど、ガード類は耐久性が高くて日本でも海外でも、使っていてそんなに消耗しないので、重宝しています。能塚選手はZETA RACINGのレバーを好んで使っているのでそれも持っていきます。これもトラブルはないですね。あとは細かいところで言うとUNITのワイヤーツイスターやスプリングフックなどです。
編:もし、持って行けるものが限られて、優先順位を付ける必要があるとしたら、何が一番上にきますか?
浜川メカ:一番大事なのは、やっぱりTレンチですかね。基本的にどこでもアクセスできるし、最悪トルクレンチがなくても手で何とかなるので、六角レンチ系は絶対持っていくようにしています。それがなかったらもう仕事にならないので、絞るとしたらその辺ですね。
IA2クラス #12福村鎌 メカニック

「TeamSBE」に所属するIA2クラス#12福村鎌
編:遠征に行く時の持ち物リストは作っていますか?
福村メカ:はい、あります。僕は自分の携帯に準備するものリストを作成して、前々日から準備を始めます。そこで足りないものは買い出したり、という流れですね。準備の段階からレースは始まっていると思っています。
編:具体的には何がリストに入っているのですか?
福村メカ:基本的に僕に必要なものというよりも、ライダーに必要なものを忘れないようにリストアップしています。福村選手の場合は、レースのときに鼻の呼吸をしやすくするためのテープを使うので、それが必需品として毎回リストに入っています。
テープがないと呼吸がしにくい、とまではいかないかもしれないですが、本人があった方がいいということだったので準備しています。
編:他にはどのようなものを準備されていますか?
福村メカ:特に忘れちゃいけないものとしてはサインボードとサインボード用のペンがあります。僕はピンク色のペンを使っています。ライダーはピンクが見やすいということで、晴れの日はピンクのペンを使っています。一方で雨のときはチョークを使います。ボードは艶ありと艶なしの両面になっているので、雨の日は艶なしの面にチョークを使って、晴れの日は艶ありの面にピンクペンを使い分けています。
編:なるほど、雨用と晴れ用があるんですね。
福村メカ:彼もレースをしている中で自分がどのポジションにいるか、それによって無理せず走ればいいのか、それとも無理した方がいいのかというのをサインボードを見て判断しているので、どんな天候でも見えるように準備しています。
他にもカッパやサングラス、ストップウォッチなども用意しています。
編:パーツ類というよりは、身の回りのものが多いですね。
福村メカ:基本的にはパーツ類はチームにおまかせしています。タイヤもサポートいただいているものがあるので、私が用意するのはライダーの身の回りのものが結構多いですね。
編:持っていってよかったもの、または忘れてしまって焦ったなどという経験はありますか?
福村メカ:基本的にはもう忘れないように事前にチェックしているので、記憶にある限り忘れ物をしたことはないですね。夏にはアイスバスや氷も追加で用意したり、ライダーのコンディションを整えるために持ち物を変えていますが、忘れたからどうしようと困ったことは今まで経験したことないです。
また、それとは別に必要だなと思ったものは用意するようにしています。例えば福村選手はスタート前にボールを落として掴むという瞬発力を確認する動作を行うのがルーティーンで、前はスパナでやったりしていたんですけど、ボールの方がいいかなと思って用意したらそれが本人的にも良かったようで、必要なものリストに加えました。
編:もし持っていける荷物が少ないとしたら、何を優先的に持っていきますか?
福村メカ:優先順位をつけるとしたら、やっぱり僕が大事にしているのはサインボードです。モトクロスは技術など色々ありますが、やっぱりメンタル面が一番大事だと思っています。そのために僕ができるのは、ライダーとの意思疎通で、レース中の唯一のコミュニケーションツールであるサインボードは欠かせないですね。サインボードには彼を鼓舞する言葉を書いたり、時には厳しいことを書いたり、タイムを書いたり、いろいろです。なるべくネガティブなことを書かないようにしていて、僕が見える範囲で「ここ良かった」とか「スピード出ているよ」とか「タイムいいよ」という言葉を伝えるようにしています。彼とはもう5年以上一緒にやらせてもらっていて、サインボードを見せるとうなずいてくれるので、見ているなというのがわかりますし、晴れていると彼はクリアレンズのゴーグルを使っているので、視線で意思疎通が取れます。コミュニケーションを取れることが自分も嬉しいので、もし1つだけしか持っていけないと言われたら、ピンクのペンとサインボードを持っていきます。
スポット参戦を楽しむ、IA 小島庸平メカニック

内田メカ:小島庸平のメカニックを担当。元IAチャンピオンである小島がIAクラスにスポット参戦する際サポートにつく
内田メカ:一昨年くらいからメカニックとして携わらせてもらっています。スポット参戦ではありますが、やることは全日本にフル参戦している時と変わらないです。
編:遠征時の持ち物はどうやって準備していますか?
内田メカ:LINEで忘れ物チェックリストを共有しています。基本的に大きなものはチームが持っているので、僕は小物や専用工具などを中心に用意します。例えばホースや消耗品、専用の工具類などですね。スポット参戦の場合は“ゼロから全部”揃えるわけではなく、既存の体制に自分の工具やアイテムをプラスする形です。
編:忘れて困った経験はありますか?
内田メカ:今のところは特にないですね。ただ、確認不足は怖いので、必ず2人体制で最終チェックをしています。ダブルチェックすることで、整備の抜け漏れを防いでいます。
また、パーツなどは私が全部持っていくし、出場するために用意するスペシャルパーツもあるので、事前に整理していきます。そうした作業は自分自身の勉強にもなっていますし、スキルアップにもつながっています。
トップライダーを支えるメカニックに共通していたのは「事前準備の徹底」と「持ち物へのこだわり」。工具やパーツといった整備に直結するものから、サインボードやペン、さらにはカフェリストまで、必要とされるものは千差万別です。しかし、どのメカニックも「ライダーが最高のパフォーマンスを発揮できるように」という想いを共通項として持ち物を選んでいました。遠征先での整備は常に予想外の連続ですが、その中で「絶対に外せないアイテム」が、ライダーの走りを裏で支えているのです。